特攻隊の青年たちの写真を
一枚一枚
丁寧に見て歩きました
手記 手紙
語り尽くせない文章の数々
弔いの灯籠が
その人たちの数だけ
整然と並んでいました
まるで
出撃前の隊列のように
白い軍服姿で挙手の礼で立っている
幻影が
灯籠と二重写しとなって
私の目に焼きつきました
座学で「平清経」を学びましたね
次回の座学では
各自の思いの丈をレポートにしたためて頂き
自由に時を忘れて
話して頂きます
時間の制約は有りません
最低でも10分以上
借り物ではない自身の言葉を
絞り出してみて下さい
八百年以上も前に
苦しんで入水した青年がいました
平清経 といいます。
戦う ちからも 気力も失せて
しかし
この世に生きた名残に
最期
大好きな横笛を奏で
大好きな謡を 月に向かって嘯(うそぶ)き
波に揺られる船の上で
「この私をお迎え下さい」
と 合掌した青年がいました
宇宙から照らす月の光が
清経をつつむ中
彼の視界全てが地球の、
波の上で
西方浄土に向かって手を合わせ
清経は
静かに九州の海に沈んでいきました
20歳
ほぼ同年齢の知覧の青年たち
彼らがしたためた手記や手紙の横に
釈迦如来始め 仏の数々の絵や写真も
セピア色に変色して並べられてありました
それらは彼らの遠く手を差し伸べた所を示し
そして最後の拠り所 生きた軌跡を現す形見として
若々しい写真の下に
それらは
さりげなく置いてありました
戦いに身を投ずるという事
それは
正義の名の下に
国のため
または
平家のため
に命を投げ出すという事でしょうか
しかし
一人一人が求めるものは
大切な人であり
大切な音色であり
脆弱と非難されようとも
自分の大切に思っている
拙い生き方
だったのかもしれません
世阿弥は
源平盛衰記巻三十三の話を
彼の『清経』には挿入しませんでした。
清経が
西国に落ちていく旅の途中
妻に自分の形見として鬢の髪をおくり
彼の思いを伝えようとしたこと
しかし妻は
三年の年月の音信不通に業を煮やし
その髪を清経に送り返し
見るからに心づくしのかみなれば
うさにぞ返すもとの社に
と和歌も添えて送ってきたこと
『これを見たまひては、さこそ悲しく覺しけめ』
清経は
それを悲しみながら見つめていた事
この話を 世阿弥は
能『清経』に入れておりません
ひたすら
大好きな笛の音色と謡の響きを
船の上で 月の光の中で
一人で堪能して
それから
清経はこの世を去りました
妻への恨み言もなく
ひたすら自分の思うままに
最期の時間を
世阿弥は清経に
自分のためだけに、過ごさせたのです
彼の鬢の髪は
その後
遺髪として妻に届けられた
と
冒頭の話として
能 『清経』のプロローグとして
世阿弥は触れていました
一方
平家物語の中の 清経は、というと
彼についての事は殆ど取り上げられていません
平家物語巻八 並びに 灌頂巻に
『小松殿の三男左の中将清経は、もとより何事も思い入れたる人なれば、「都を源氏がために攻め落とされ、鎮西をば惟義がために追いいださる。
網にかかれる魚の如し。いづくへゆかばのがるべきかは。ながらへはつべき身にもあらず」とて、月の夜 心をすまし、舟の屋形に立ちいでて横笛音取朗詠して遊ばれけるが、閑かに経読み念仏して、海にぞ沈み給ける。男女泣き悲しめども
甲斐ぞなき』
これが
清経を扱った平家物語の全てです。
知覧の海から飛び立った青年たちは
母を 仏を 愛するものを
念じながら
突撃し果てました
その日よりもずっと前、
今から六百年以上も前
世阿弥は私達に
彼の『清経』を謡として
能として
届ける事で
何を伝えたかったのでしょう
平和でしょうか
命の尊さでしょうか
勝つ事
人の上に立つ事
強い事
勇ましい事
英雄であること
でしょうか
江戸時代
清経は取るに足らない いくさびと
として軽蔑されておりました
笛を愛する
音色に惚れる
心をそこに遊ばせる
芸術を愛する
それを唯一無二の人生と思う
そういうひとを
弱い 世の中に対応できない存在だと
誰が非難できますか
そういう時を生き
そういう生き方を
自由に謳歌したかった
八十年前の青年たちが
私が伺ったあの晴れの日
どこまでも澄み渡った
秋の
知覧の空に浮かんでいました
弱くて良いのです
取り柄がなくても良いのです
平和である日本
それは絶対でしょう
しかし
その前に
自分個人それぞれの生き方がある
それを許容したい
周囲はそれを認め、
弱さを抱きしめて
共存し得る世の中であって欲しい
そう思いながら 私は
世阿弥の完成させた
能 清経
を振り返っています
私は
この時代を生きるひとたちに
世阿弥の視点を伝えたい…
私個人の恣意的な思いを
座学 清経
の講義の終わりに
申し上げました。
私のいとしい家族は
二時間ばかり
この場所で
私を一人にさせてくれました
何も言わずに。
知覧は
鹿児島の旅で
私が一番行きたかったところ
でした
飛行機の時間も迫る中
本当にありがとう
過ぎ去りし去年の
いとしい秋の旅を思い返しながら
今
心より感謝します
Comentarios